レポート

アナリストレポート第20回
「もっと伝えたいAIキャッチャーのウラ話」

2020年07月28日 野球

 日本テレビ系プロ野球中継「DRAMATIC BASEBALL 2020」にて、AIキャッチャー(※1)が始まりました。今回は開発者のひとりとして、放送では枠の都合上、語りきれない情報をお伝えしていきます。少しでも視聴者のみなさんのAIキャッチャーへの疑問を解消することができ、一緒に野球観戦を楽しんでいけたらと思います。

■AIキャッチャーとは

©Nippon Television Network Corporation
(DRAMATIC BASEBALL 2020 6月20日(金)巨人 対 阪神より)

 AIキャッチャーは「対戦中のピッチャーとバッター、カウント、ランナーの位置など現在の試合状況を踏まえて、失点を防ぐための最適な球種とコースを1球毎・リアルタイムに算出」(※2)するAIです。今回、失点を防ぐための要素としては、特に以下の3つをポイントにして開発にあたりました。

1. アウトを増やすこと
2. ストライクカウントを増やすこと
3. 走者を先の塁に進めないこと

 「1.アウトを増やすこと」は、失点を防ぐための要素として最初に思いつく項目ですね。野球は9イニング(=アウトが27個になる)の間に対戦相手よりもたくさん得点すると勝つルールのため、この要素は当然入ります。アウトを増やせなかった打席では何らかの形で打者の出塁を許してしまうことになるため、失点のリスクを上昇させます。次に、「2.ストライクを増やすこと」はどのように失点抑止に繋がるか見ていきましょう。次の表を見てください。

 ストライクカウントを増やすことは被打率を低くすることに直結します。ストライクを増やせば、ボール球を増やさないことになり、与四球数(=出塁)を減らすことにも繋がります。

 「3.走者を先の塁に進めないこと」は多様なケースがあります。一例をあげると、ランナーが二塁にいる場合で考えてみましょう。走者二塁でセカンドゴロの場合、二塁走者は三塁に到達できることが多いですが、セカンドフライであれば走者は二塁のままであることが多いでしょう。1つアウトを取るという点では同じですが、走者三塁よりも走者二塁のほうが失点のリスクが低いため、こういったケースでは走者を進ませなかったセカンドフライの投球をより評価します。

■AIキャッチャーをつくるためのデータ

©Nippon Television Network Corporation
(DRAMATIC BASEBALL 2020 6月20日(金)巨人 対 阪神より)

 AIキャッチャーに取り入れている主要なデータを3つ紹介します。まず各投手の持ち球です。当社(データスタジアム株式会社)ではNPBの公式戦で投げた全投手の球種をくまなく分類しています。例えば、菅野投手の球種は、ストレート、シュート、カットボール、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップの7つに分けてデータを集めています。握りやその球種の使い方、報道の情報を総合的に判断し、独自にラベリングしたデータを用いています。

 2つ目は、投球のコースです。捕手の要求したコースなのか?ピッチャーが実際に投げたコースなのか?という疑問が浮かぶかもしれません。使っているデータは「ピッチャーが実際に投げたコース」です。したがって、捕手の配球の意図とは異なるが、結果的にストライクを取れたり、打ち取れたりしたコースも多く含まれているということになります。

 AIキャッチャーは、失点を防ぐ最適な次の一球を出すために「実際にどのコースへ投げられたか」を重要視しています。これによりAIらしさである、人間とは違ったパターンを見出すことが可能になります。ただし、普通は練習すらしないであろう高めの変化球や、打者が打ち損じたと考えられるど真ん中のボールは除外するようにしています。また、捕手が要求したコース情報は今後改良のために追加するデータとして非常に有力な候補の1つです。

 各投手・各打者の特徴として、過去のデータからそれぞれの得意・苦手な球種・コースのデータも入れています。得意・苦手とは、ヒットになる・ならない、長打になる・ならないといった成績に直接関係するデータに加えて、空振りする・しない、球種別の投球割合といった選手ごとの傾向となるデータも含めています。

 ここまでにあげた1:投手の球種2:投球のコース3:投手・打者の特徴のデータも、この3種類以外のデータも、様々な状況(カウント状況、塁状況、得点状況、その打席内でどんな投球だったか)のデータと組み合わせて使っています。

■AIキャッチャーが算出するデータはどういうものか

 AIキャッチャーは「失点抑止に最適な次の一球」を常に出し続けます。「次の一球」とはどういうことかを詳しく説明すると、

(a)打者を打ち取るまでの一連の過程を考えて配球をしていない
(b)打席内の一連の配球をもとに、最適な次の一球を出している

ということです。

 実際のキャッチャーは「最終的に外角のスライダーでバッターを仕留めるために、その前に内角のストレートを織り交ぜる」等の組み立てを行うことが多いです。一方、AIキャッチャーは常に最適な次の一球を弾き出します。次の表を見てください。

 AIキャッチャーが出力したデータと実際の投球がこの表の場合、ストレート → スライダー → フォークの3球で打ち取るという配球をAIキャッチャーはしていません(a)。1球目は過去のデータから算出した最適な初球。2球目は、実際に投じられた1球目のスライダーの後に最適な一球。3球目のフォークは、1球目のスライダーと2球目のシュートの後に最適な一球としてAIキャッチャーは計算した(b)ということになります。

 失点抑止の要素としてあげた複数のポイントの中で、AIが何を意図しているのかは、現時点では人間にはわかりません。しかし、AIキャッチャーが出した球種とコースにより、打ち取ろうとしているのか、ストライクカウントを稼ごうとしているのか、ホームランを防ごうとしているのかを、それを見た私たちに考えるきっかけを与えてくれます。

■捕手のリード、投手のピッチング、打者のバッティングとAIキャッチャー

 野球の試合は3時間の試合時間の中で両チーム合わせて9イニング、投球数は約300球にも上り、そのうち打席結果が発生する投球は70球ほどで25%前後です。打つ・打たないという視点でみると70回の楽しみですが、どのような投球のストーリーが打つ・打たないを分けているのかという着眼点でみると、3倍以上の投球で楽しみが生まれてきます。

 AIキャッチャーは絶対的に正しい投球を導いているとは全く考えていません。どの球種をどのコースに投げれば良いのかは十人十色の考え方があると思います。また、人間がプレーするからこそ、そこには外から見る私たちからは分からない駆け引きもあります。捕手が構えたコースにピッチャーが投げた完璧な投球を、超人的なバッティングで打ち返すこともあります。一球一球、バッテリーがどのように抑えようとしているのか、バッターが打ち崩そうとしているのかを、AIキャッチャーがあることで楽しんでいただけると幸いです。この尽きない議論こそが野球のみならず、スポーツを見る醍醐味の1つではないでしょうか。

引用元
(※1)データスタジアム株式会社によるリリース
https://www.datastadium.co.jp/news/5746

(※2)日本テレビ放送網株式会社によるリリースより引用
https://www.ntv.co.jp/baseball/articles/34wiqkowf41owyqqhx.html

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